「蔵馬。頼みがあるんだが」
「・・・珍しいな、凍矢からの頼みなんて」
+
今日もいつものごとくおばーちゃんに鍛え上げられて、その後に蔵馬さん特製薬草を食べさせられた。
妖力値、既に10万超えて11万ポイントなのに、まだ連れてってくれないのかな、蔵馬さん。
そりゃぁ、折角出来た女の子の友達と離れるのは寂しいけど。
でも、正直言うとやっぱり、凍矢の傍にずっといたいし。どんな形でも。
武術大会に出る時だって、なんも言わずに勝手に行っちゃって、凄く嫌だったもん。
もしかして、凍矢にとっては迷惑なのかな。
・・・考えないでいとこ。
ん?
「あれって・・・」
通った部屋を戻ってみてみる。
この部屋はいつも皆でくつろいでるところ。
その部屋の中で横たわっている人物に近づく。
と言っても、後姿とはいえ、わかるんだけどね。
そう思いながらも、確認するべく、私は上から顔を覗き込んでみる。
「あれ、凍矢、寝てるの・・・?」
普段あげている髪の毛をおろしており、タオルを手に持っている。
髪の毛が少し湿ってるのを見たところ、お風呂上がりのようだ。
声をかけても返事はない。代わりに安らかな寝息が聞こえてくる。
凄く穏やかな顔して寝ている、凍矢。
そこではたっと気付く。
そういえば、凍矢が寝てるとこ、初めて見た。
何度か凍矢の任務に付いて行って、野宿する事になって一緒に寝た事あるんだけど、凍矢は私が寝るまで寝なかったし、起きる時は先に起きてた。
深く考えた事、なかった。精々、凍矢まだ寝ないのかな、起きるの早いなって思ってたくらいで。
というか、凍矢が起きない。
熟睡してる私でも気配があったら瞬時に起きるのに。
そんなに疲れてるの?凍矢。
けど、こうして改めてよく見てみると、男の人なんだよね、凍矢。
ドキドキ、と心臓が凄く速く鳴っている。鳴り過ぎて息苦しくなる。
今に始まった事ではないのに、この苦しみは一向に慣れない。
凍矢を好きになった時からずっとこうなのに。
けど、男の人なら他にもいるのに。ていうか、男の人がいっぱいいたところで育ったのに。
いつからだったかな、凍矢を他の男の人とは違う気持ちを持つようになったのは。
きっと、女の魔忍という事を後ろ指で指される度に凍矢なりに励ましてくれたり、護ってくれたからかな。
それを言ったら陣にも励まされてたけど、ずっと傍にいてくれたからね、凍矢は。
その場に座り、綺麗で整った顔に触れようとしたけど、その指は凍矢の肌には触れず、髪の毛に触れた。
私と同じ色の髪。少し柔らかい。
触れていた手を止め、膝の上に乗せ、そのまま凍矢の寝顔をじっと見つめる。
凍矢は私の事、どう思ってるの・・・?
聞けそうで聞けない。
期待してるものが返って来ないって事はわかりきっているのに、実際に聞いてしまうと辛いと言う事を私は知っている。
単なる弟子、とか、妹みたいに思ってる、ていう台詞をイメージしてるのに、聞きたくない。
傷付くのが、怖い。
でも、私は凍矢の事が大好き。
「凍矢」
私は凍矢の頬に唇で触れた。
一拍置いてから我に返った私は慌てて離れた。
自分のした事が信じられなくて、恥ずかしくて、少し混乱したまま部屋を飛び出した。
本当、何してんだろう、私。
「っ、アイツ、今、何を・・・」
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幸いか、凍矢は熟睡し切ってたようで、私に平然と話してくれている。
逆にコッチが少し意識してしまって、不信に思われないかな。
今はというと、凍矢に呼び出され、部屋に向かってる途中。
もう着いちゃったけどね。
「凍矢ー、来たよー?」
すると、中から短い返事が返され、そのまま襖を開けて入る。
何も怒られる事してない筈なんだけどなー。こっそり私の分の薬草を少し凍矢のところに移したぐらいしか心当たりないけど。
でも、それは凍矢にはバレてない筈。蔵馬さんにはバレてというか、移してるとこを目撃されて少し怒られたけど。まぁ、そんな事はともかく。
つか、顔がなんか怖いよ。
「え、私なんか怒られるような事した?私の分の薬草を少しだけ凍矢のとこに移した事しか心当たりない、あ」
ゴンッ
「蔵馬の嫌がらせかと思いきや、お前か」
「きょ、今日のは一段と痛いんだけど・・・」
「・・・過ぎた事を言っても仕方ないか」
「え、何それ。もしかして殴りたかっただけ?だったら私戻る」
踵を返し、部屋を出ようとしたとこで襟ぐりを掴まれた。
「待て。・・・一つ、聞きたいんだが」
「なに?」
「。お前は今の・・・人間界での生活、どう思ってる」
?なんか、変わった質問。
なんで・・・?
「修行と薬草がちょっと辛いけど、雪菜ちゃんと一緒に暮らしてるし、螢子ちゃん達とも遊ぶ事が出来て楽しいよ、とても。魔界では女の子の友達、いなかったし」
「そうか」
「何?それがどうし、」
ガッ
え、・・・?
あれ、いつの間に凍矢が後ろ・・・、いや、そんな事より、私、今なにされた?
後頭部に鈍く大きな痛みが一瞬走って、気が遠くなる。
あれ、殴り方がいつもと違うよ、凍矢?
いつものは確かに痛いんだけど、こんな、確実に気絶するようなとこ狙って殴らないじゃない。
「な、で・・・」
声になってるのかがわからない。
けど、前に倒れそうになった私を凍矢が支えてくれているっていうのはわかる。
体を反転させられ、虚ろな私の目に映ったのは、凍矢の影。
手に何か持ってるみたいだけど、見えない。凍矢の表情も見えない。
「ん、・・・」
持っていたものを口に当てられ、そのまま押し込まれ、次に水を流し込まれた。
口の中で形を確認する限り、なんか、錠剤みたいな。
錠剤、薬・・・?
「っ!」
明らかに様子がおかしい。
口の中の物を吐き出そうにも、口を塞がれてるため、叶わない。
「安心しろ、毒じゃない」
じゃぁ、何?
その訴えに気付いたのか、凍矢は静かに答えた。
「即効性の睡眠薬だ。・・・ただ、蔵馬が調合した物だから効き目は通常の物とは比にならない」
なんで、そんな物を私に飲ませたの?
わからない。凍矢がした事や凍矢の考えてる事、皆、わかんないよ。
薄れていく意識の中で私の頭の中は疑問で満ちていた。
どうしてどうして。なんでこんな事したの凍矢。わかんないよ、ホント。なんで、凍矢・・・。
「と・・・、」
訳もわからぬまま、意識が飛んでしまった。
+
・・・・・。
意識が覚醒し始め、少しずつ目を開ける。
体を起こし、ぼーっと前を見据える。
私、いつの間に寝たんだっけ。
そんな疑問を最初に思ったが、それはすぐに答えが出た。
その途端、ぼんやりだった意識が完全に覚め、辺りを眺める。
私、凍矢に睡眠薬飲まされたんだっけ。
「凍矢!」
叫んだとこで何も返事が返って来なかった。
あれ、ここって凍矢の部屋・・・?
「なに、なんで・・・」
何も無いの?
元々殺風景な部屋だとは思っていた。
余計なものを置かず、必要最低限しかなかった筈なのに、今、この部屋には何も無い。
あるのは、私が寝ていたこの布団だけ。
まさか、だって、だって・・・。
「アイツ等なら魔界に行ったよ、蔵馬と」
幻海のおばーちゃんが言った言葉が耳に、頭に、心に刺さった。
そんな、だって、皆が、凍矢が私を置いてったなんて。
付いて来ないように睡眠薬を使ったって事なの?
そうだ、前にも私、置いていかれたんだ。
なんで、そんな、嫌だよ、こんな、こんなの・・・。
凍矢が此処にいない・・・?
「嫌だ、置いてかないでよ、凍矢ぁ・・・!」
ねぇ、私の事が嫌いだから置いてったの?
凍矢の気持ちがわからないよ・・・。
ベタベタなパターンを少し変えようとしたら変になっちゃいましたかね。
(2010.10.18)
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