思いもしなかった。
只、俺はとんでもない事をしてしまった。
それだけは脳の回らない頭ではわかっている事。
第四話:一つの生命の重さ
姐さんが屯所に電話よこして、はそっちに泊まっているのがわかった。
それほど風邪が悪化してるのかなど、呑気にそんな事を思っていた。
けど、朝の会議で近藤さんの言葉でそんな呑気な事言ってる場合ではないと思い知らされた。
朝、大抵の会議は隊長格(含む)でやるもんだけど、今日に限っては全員だった。
珍しいな、また新たな攘夷派浪士の行動が過激になったのかなと思っていたが、それとは全く違う空気を感じる。
特に前を座っている局長、副長から。
なんだよ、この空気。居心地悪過ぎじゃねェかィ。
でも、そうは思っても聞かなけりゃいけねェな、と二人の周りの空気から察しが付いた。
いや、正直に言うと俺ァ聞きたくないなと思っていた。
・・・矛盾。
「いいか、皆。よーく聞け」
「特にお前は耳の穴かっぽじって良く聞け」
「いでで、何すんですかィ」
土方のバカに耳を思いっきり引っ張られる(本当に痛い)
なんなんでェ、俺はそんなでかい事起こしてねェってのに。
が、この後告げられた言葉は俺の思ってた以上のでっかい事が起こっており、引っ張られてる耳の痛さなん、て。
「ちゃんが、・・・妊娠している」
突如、この部屋の空気が凍る。
凍るというか、張り詰めたと言った方が正しいな。
耳を引っ張られてるにも関わらず、俺の脳内は一瞬、思考停止した。
が、やっぱりかっぽじられた耳に入った言葉はすぐ脳を働かせる役割をする。
、が妊娠した・・・?
誰の子を。・・・俺の子を?
いつの間にか離されていた耳がジンジンと痛んだ。
けど、そんな痛みなんて軽いと言ったくらいに、俺の心は重かった。
近藤さんの話が進む。今は妊娠6週目だとの事。
オイ、1ヶ月も前じゃねーか。・・・でも、思い当たる節はある。というか、それしかない。
コレほど自分を恨んだ事は無かった。
あの時はゴムがなくて生で、だなんて言い訳だ。正論だけど言い訳になるんだ。
それに、無かったんなら買ってからやれよという話だ。
1回ぐらいなら大丈夫だろうという軽はずみがいけなかったんだ。
俺はあの子にとんでもないものを背負わせてしまった。
俺の子を妊娠した事に関しては正直、嬉しい。との子を俺が望まない訳無い。
問題は、が俺の子を授かってしまった事。
畜生、なんで俺はいつもいつも・・・!
真選組(ここ)にいる誰よりも恐ろしいけど優しいあの子は絶対、中絶なんてしないだろう。
だとすれば、は産む。俺の子を。
そんな俺の思考を邪魔するかのように土方さんが俺の頬を思いっきし殴った(しかもグーで)(いてぇ、)
「お前、どんだけアイツが悩んでたか知ってるか?」
「・・・・・」
わからねェや。・・・わからねェ。
情けねーよ、好きな奴が悩んでるの露知らずでいつも通りに過ごしてた自分が。
そうか、は悩んでいるんだ。
堕ろさせたくないが、堕ろさないと。
こんな事を思う俺はいけねェのか・・・?
でも、が悩んでいる。
あくまで俺の予想に過ぎないが、産むか産まないか悩んでいるんでしょう?
俺が望んでもが望んでいなかったら、胎の子は碌に育たねェ。
「やめろ、トシ。今は総悟を咎める場合じゃない」
「確かにそうだ。けど、あんな不安に押し潰されたようなが痛々しくて俺は見てられなかった」
そんなに不安か、。
大丈夫。
「・・・今の話、信じられねーなら直接、に会え。今、実家にいる」
土方さんのその言葉は俺に行けと言ってるみたいに聞こえた。
大丈夫だ、。俺が今からその不安を取り払いに行ってやるから。
・・・アンタが望まなかった子でも『堕ろせ』なんて言ったら、お前は俺を軽蔑するかィ?
俺だって、本当は堕ろせなんて残酷な言葉、言いたくないんでィ・・・。
+
相変わらず無駄に広いの実家を訪れた。
と言っても、それはまだ門の前で、チャイムもなんも鳴らしてねェ。
俺自身、行きたくないと思っているんだ。
土方さんが言ってた不安に押し潰されたようなを見たくないし、今から告げるべき事を告げたくないからだ。
単純に言うと恐いんでェ。
こんなに恐くなったなんて、なかっただろう。
姉上の死も恐怖ではなく、悲しみだったから。てか、恐怖なんて感じた事自体あまりなかった。
あぁ、出来ればこのまま会わずに子供産んでくれたらな、なんて俺らしい黒い考えが横切る。
でも、会わなかったら会わなかったで産んじまったら、はそれこそ絶望を味わうんじゃないか。
そしたら俺の前からいなくなっちまうんじゃないか、と行き過ぎた考えまでしてしまう。
グズグズしてんのは嫌いでィ。しっかりしろ、沖田総悟。
腹を括り、妙に重い門を開いた。
開くと、待ち構えたかのように姐さんが突っ立ってた(びびった!)
「・・・此方へ」
「・・・・・」
姐さんはなんの挨拶もなしに俺を誘導する。
俺も正直、挨拶とか会話はしたくなかった。この人はの姉でもあるのだから。
広い廊下、数の多い部屋。
コレだけ見てりゃ、金持ちの家みたいだ(でも、中は酷く殺風景)
何度か行った事のあるの部屋の前に立ち止まった。
「新ちゃんがいますけど、気にせず」
「・・・はい」
弟か。姉より恐ろしいかもしれねェ。
すっ、と襖を開けてもらい、中に入る(入ると、襖はまた閉められた)
布団の上にはぶどうを食べてるの姿が。
はコッチを向くと、酷く驚いた顔をした。
「総悟・・・」
何も言葉が出なかった。
不安に押し潰されたようなは今はいなかったが、どう言葉をかければいいかわからなかった。
コッチを見てるの目は気の所為か、揺れている(弟には軽く睨まれている)(当然か)
なんか痩せているように感じるのは気の所為かぁ・・・?(だって昨日、一昨日だけ会って無いんだぜ?)
段々と、の顔に不安が漂う。
大丈夫、取り去ってやるから。今すぐ今すぐ今すぐ。
そっとに近付き、座り込む。
「ごめ、総悟・・・ッ」
何を謝る必要があんでェ。
お前は悪くない、悪いのは俺なんだから。
だから、大丈夫。
「ゴメンなぁ、。ホント、俺は碌でもない・・・。・・・なぁ、」
の涙は止まらない。
俺はと言うと、『お』の口のまま黙っている。
言えない、言いたくない。
でも言わないと。言って、を解放してあげないと。
「・・・堕ろそう」
の涙は不思議なくらいピタッと止まった。
それが引っかかったが、良かったんだ。
悠著な事を考えてたら、いつの間にか横に回ってた弟(メガネ)に殴られた(またグー)
なんでェ、今日はいてェ事ばかりじゃねェか。
総悟に『堕ろそう』って言われた。
穏やかな口調だったけど、それは『堕ろせ』との事。
やっぱり望んでなかったんだ。望まなかったんだ。
私だけだったんだ、この子を望んでいたのは。
総悟の言葉に目を見開かせて言葉が何も出なかった時、酷く鈍い不快音が聞こえた。
そちらを向くと、新ちゃんが息を切らしていて、総悟は倒れている。
総悟の頬が赤くなっているのを見ると、新ちゃんが殴ったんだって事がわかった。
いいよ。そこまでしなくていいよ!
そんな私の思いには全く気付かず、新ちゃんは叫んだ。
「なんでそんな事が言えるんですか!!」
耳が痛くなるほどの大声音(大丈夫かな、この子は)(なんて、)
いいよ、新ちゃん。本当にもう・・・っ。
「見損ないましたよ沖田さん!アンタ、姉上がどんなに悩んで泣いたと思ってんですか!」
「・・・わかんねェ」
総悟は倒れたまま答える。
「わかんねェ。でも、が悩んでた事は聞いた。・・・で、コレが俺の考えた結果の答え」
「訳わかんないですよ!そんな事、平気で言えるなんて・・・!!」
「じゃぁ、他に何があったんでェ。悩んでるに産めと?ハッ、俺にはそんな事言えねェ」
「アンタにとって、姉上は何なんだ・・・!好きじゃなかったのか!愛し合ってたんじゃなかったのか!」
「・・・愛してるからこそじゃねェか!!」
総悟がそこで初めて怒鳴った。
「産んで欲しい、その想いは俺にだってある!けど、俺の子を授かったは!?何とも思ってねェ訳ねェだろィ!」
「ッ・・・あっんたは本当にわかってない!確かに何とも思ってない訳はないけど!」
「ほれみろ!授かりたくなかった生命を授かったら産むしかない。中絶なんて出来ねェからな!」
「そこから違う!授かりたくなかったなんて、姉上は思っていない!」
「そんなの、お前が勝手に思ってる事だろィ」
「違う!あーもう、埒が明かない!」
総悟と新ちゃんの言い合いを聞いていると涙が伝う。
どうも総悟の言ってる事がおかしい。
まるで、私に産んで欲しいみたいな言い方。
さっき、『堕ろせ』って言ってたのに。
総悟と新ちゃんの言い争いを止めるかの如く、襖が開かれた。
そこから現れたのは妙で、真っ直ぐコッチを見ている。
「流産しやすい時期の妊婦がいるのに、なんて大きな声なの」
「・・・・・」
「新ちゃん。貴方も頭を冷やしなさい」
「すみません・・・」
「」
妙がコッチに向かって歩いてくる。
そして、私の手を握り締める。
「。新ちゃんじゃなく、貴女が言いなさい」
「でも、妙・・・」
「言いなりになっていいの?そこまで言いなりになる必要はない。言わないと、自分が思っている事を」
なりたくないけど、相手が違う。
嫌われたくないから言う通りにしてしまう女をバカだと蔑んで来てたけど、私が実際そうじゃないか。
自分の意見なんてあんまり言ってないと思う(自覚してないだけかもしれないけど)
非番が重なっても私からデートとか誘った事なんて指で数えられるほど。私がどっか出かけてるパターンの方が多いかも。
積極的に抱き付かないし、手も繋がない(それは恥ずかしさからでもあるのだけれど)
私はあんな性格だけど、どっちかっていうと消極的な方だ。プラス思考ではあるけど。
・・・言っても、返す言葉が同じだったらもう絶望的だな、私。
「そうご・・・。私ね、・・・」
「・・・・・」
総悟は俯いてるので、今どんな表情かわかんない。
ねぇ、顔上げて、私を見て。
「産みたいよ・・・」
「!・・・今、なんて?」
「っ・・・産みたいよ。この子を、総悟の・・・子を」
言い終わった途端、総悟が強く抱き締めて来た(二人は立ち上がって、部屋から出て行ってしまった)
ねぇ、コレは期待してもいいの・・・?
← ■ →
やっと沖田さんの登場。まだ子供は産まれません。
(2007.3.8)