見るからにボロボロな人が立ち上がり、試合を申し出た。
ちょっと体を動かしただけでも痛いのか、その場で蹲っている。それを心配した浦飯さんが駆け寄っている。
あんな体で吏将さんと戦うの?
「吏将さん、あの人と戦うの?」
「戦う?ふん、あんなくたばり損ない、俺が引導を渡してやるまでよ」
「ダメだよ、死んじゃう」
「・・・」
石盤に寄りかかった私に吏将さんが近づいてきて、頭を掴まれる。
吏将さんは握り潰すように力を込めてるのか、頭が痛い。
「じゃあ何か?俺等が負けてもいいのか?」
「だ、だって・・・」
「いいか?俺等が負けたら希望が無くなるんだ。即ち、凍矢の願いも叶わない」
「・・・・・」
吏将さんの言うとおりで、私は黙ってしまった。
あんなボロボロな人と吏将さんを戦わせたくない。でも、吏将さんが勝たないと私達の、凍矢の願いが叶わない。
でも、こんな事してまで私達は手に入れたいのかな・・・?
「オイ、何ゴチャゴチャしてるんだ。早くかかって来やがれぃ」
相手が挑発するような台詞が聞こえ、吏将さんは無言で行ってしまった。
それからはもう、吏将さんは相手に容赦しなかった。
桑原さんは必死に技を出そうとしているんだけど、よっぽど重症だからか、出ないらしい。
そんな人に吏将さんが殴ったり蹴ったり、もうやられっ放し。
本当は吏将さんを応援しなきゃいけないんだろうけど・・・、出来ない。
私は光なんていらないからもうやめて、って言ったら凍矢、困った顔するかな?
・・・そうだよ、私は表の世界なんていらない。凍矢が傍にいてくれたら元の生活に戻ってもいいのに。
でも凍矢は私の為じゃなくて、自分がそうしたいんだよね、きっと・・・。
忍の世界は嫌だった。
暗いところで活動して、暮らすところだって暗いところ。
大体の忍は皆して表情も無いし、感情も無い(陣以外)
言われた事を何も感じず、淡々とこなす。ひたすら淡々、淡々と。
自分の命がかかるであろう戦いの前には絶対に一番弟子に教えていって部隊を維持する。
呪氷使いなんてそう生まれるもんじゃないから、女の私をこの世界に入れたのは苦渋の決断じゃなかったのかな・・・多分。
でも、嫌なものは嫌で、何回凍矢にそれを言って困らせたか。
凍矢に甘えて後ろに隠れる度、色んな事言われて悲しかった。凍矢も私の所為で指差されて。
そんな私でも凍矢や(凍矢の)お師匠、陣、画魔などからは優しくしてくれて。
嫌だったけど、この世界にいなきゃ凍矢達には会えなかった。
・・・でも、女の子として過ごさなくてもいいって言ったら嘘になっちゃう。
出来る事なら、戦いなんて縁のない人間の女の子として生まれたかったな・・・。
思いに耽ると、吏将さんが桑原さんにボンバータックルをかましていた。
その衝撃的な光景にハッとした私は現実の世界に引き戻された。
吏将さんが勝利を確信したみたいだけど、桑原さんは起き上がる。
しぶといとかそんなじゃなくて、汚い手使った私達に負けたくないから戦い続けている。
その行為に胸が痛んだ。
吏将さんは舌打ちして、今度こそと攻撃を仕掛ける。
もう、見ていられない、と思って顔を背ける。
「テメーは退いてろ!!」
台詞と同時に聞こえた鈍い音。
でも、声は吏将さんの物じゃなくて・・・。疑問に感じながらも恐る恐る顔を上げたら、
吏将さんが飛んでいた。
思わず『へ?』と間抜けな声が出た時には、吏将さんが観客席に突っ込んでいた。
吏将さんと反対方向、石盤の上に立っている桑原さんを見たら、観客席にいる女の子に向かって話していた。
「えー・・・と、凍矢。これは・・・?」
「・・・負けたな、吏将」
「やっぱり?」
わははは、と笑っている桑原さん。そして、飛ばされた吏将を交互に見て、終わったと思って安堵の息を吐く。
負けたのに変なの。と思っていたら、
「!!」
上から吏将さんが大声で私の名前を呼んだ。
「お前仮にもうちのチームの補欠だろ、出ろ!あのくたばり損ないの人間を叩き潰せ!」
「は・・・?」
あんな大声出せる元気があるんだ、と感心してたらとんでもない事言われたよ。
後ろでは小兎さんが一応、参加資格はあるんだとかなんとかを説明している。
それを聞いた観客席からも出ろと殺せコールが。
『テメー等いい加減にしやがれェ!!』っていう浦飯さんの怒声も聞こえた。
「・・・」
耳をつんざくほど鳴り止まないコールが木魂する中、凍矢が困惑している私の腕を掴んだ。
苦しそうな顔で首を横に振りながら私に言う。
「あんな奴等なんか気にしなくていい。・・・出なくてもいいんだ」
小兎さんのマイクの声も聞こえないのに、小さな凍矢の声は聞こえた。
ぎゅ、と握っている手に力が込められる。
そっか、凍矢は私の気持ちわかってるんだ。あのボロボロで弱ってる相手と戦いたくないって。
凍矢優しいから、いつも自分を犠牲にしてくれる。
私は少し考えて、凍矢の手を離した。
「・・・?」
「ゴメンね、凍矢」
にこ、とちゃんと笑えてるかわからないけど、笑ったつもりでいて、くるっと凍矢に背を向けて石盤の方に向かう。
出ろ、殺せコールが雄叫びに似たようなものになった。
「待てっ・・・、ッ!」
止めるような声が聞こえたけど、その時私はもう石盤の上に上がっていた。
険しかった桑原さんが私の顔を見るなり驚いた顔になった。
「お・・・、女の子ォ!?」
少し静まった会場で桑原さんの声が響いた。
そっか、見てる余裕とか無さそうだったもんね。
観客席からも『あんなので本当に大丈夫なのかよ』っていうのも聞こえた。
酷いなぁ、全く。
「冗談じゃねぇ!例え敵でも女の子と戦うなんて出来るかよ!」
「・・・んっと・・・、皆さん何か勘違いしてるみたいなんだけど・・・」
会場が完全に静まり返ったところで一回だけ深呼吸して、言う。
「私、戦わない」
沈黙がたっぷり続いた。
先に『へ』と声を上げたのは目の前にいる桑原さん。
次に小兎さんがマイク越しに『戦わない・・・?』と疑問を口にしていた。
「だって、大怪我してるじゃない」
「は・・・」
すっかり固まっちゃっている桑原さんに歩み寄る。
なんの警戒もしてない、って出来ないか。
今度こそ私はにこっと笑って、
「私達の負け。貴方達、浦飯チームの勝ちです」
呆然としている小兎さんの代わりに私が宣言した。
途端に観客席から凄まじいブーイングが出たのは言うまでもなかった。
実はこの話が一番書きたかったんです。冒頭で吏将と絡ます気は無かったんですが・・・。
(2013.11.5)
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