移動要塞、百足内のとある闘技室。
今までの激しい戦いを物語るかのように部屋にはところどころ焦げた形跡が見られる。
いくらなんでもやり過ぎだろう、と誰もが思ったが、誰も仲裁には入らない。
否、入れないのだ。もし入ったら自分も殺され兼ねないのだから。
唯一仲裁に入れるのは躯ぐらいだろう。だが、彼女は運悪い事に不在中。
否、不在だからこそ、この2人は戦っているのだろう。
つまり、ケンカである。飛影との。


「オイ、誰かそろそろ止めさせろよ。要塞ぶっ飛ぶぞ」
「それが出来たら此処で見てはいねーよ」



「こんのヤロォ!マジでやってるでしょ!?」
「本気でやらんバカが何処にいる」
「ムキー!躯は手加減してくれるもん!」
「アイツは貴様に甘いだけだ」


数時間に及ぶマジバトル。
火炎術者同士の争い。この部屋が焦げている原因だ。
は飛影が本気で戦っていると思うが、飛影はかなり手加減している。
彼の本気は黒龍を喰った時なのだから。
飛影自身、の存在は鬱陶しく思うものの、を殺してしまえば躯が黙っていないと踏んでの事だ。
だから、かなり手加減して、だが、を殺す寸前の力で戦っている。
対するはかなりマジであった。
は頭に血が上ると何も考えられなくなる。
いつもの事だが、ケンカが終わるとは飛影がかなり手加減してくれている事に気付く。
が、今回はかなり長時間やり合っている。


「はぁー!!」


炎の妖気をまとった拳で殴るが、それを飛影は手の平で受け止める。
至近距離では無理だという事を悟り、は後ろへ跳び、炎の妖気を飛影に向かって放射する。
それを紙一重で避け、自慢の素早さでの背後へ回り、背中に蹴りをお見舞いする。


「へぶっ!」


床に叩きつけられたの体。
間髪入れず、その体を踏みつける。
傍から見れば女に対して容赦ない攻撃だが、コレでもかなり手加減している。くどいようだが。
容赦ないように見えるのは、が飛影に対してかなり弱いという証拠。

悔しい・・・ッ。

いつもの事だが、飛影に勝てないのはわかりきった事だが、あっさり勝ってしまう彼に悔しさを覚える。
いや、それだけじゃない。躯と上手く行っている事も悔しさの中に入っているやもしれない。

私だって、凍矢と・・・、





凍矢と恋仲になりたいよ・・・。





いつも他愛無い会話。それだけでいいと、そんな日常が大好きだとは常々思っていた。
けど、最近の躯と飛影の仲良さを見ていると気持ちを抑えれずにいてた。
気付けば涙を流していたが、それは土素材の床に染み込んでいった。
実はいつもは飛影の方から吹っかけてくるケンカだが、今回は珍しくから吹っかけてきた。
躯と上手く行っている飛影が悔しくて仕方ない。
自分が上手く行かないのと、姉的存在であった躯を取られたという悔しさだ。
要するに、ただの八つ当たりだ。

踏みつけられ、うつ伏せ状態のの腹を蹴り上げる飛影。
の体は今度は天井に打ち付けられ、重力に従って落ちていく。
今度はの顔を掴み、壁がめり込むくらいに叩きつける。
もはや、に勝機など見られなかった。


「・・・痛い、痛い痛いイタイイタイいたいイタイ痛いいたいいたいいいぃィ!!ぃキャー!!!」


心身共に限界が来ていたが遂に発狂した。
こうなってしまっては、更に攻撃しても煩いだけ。
飛影は軽く溜息吐くものの、発狂して更にぐったりしているを抱え上げ、治癒室へと運ぶ。
手慣れた手付きで身に纏っている衣服を脱がし、治療カプセルに放り込む。
自分が負わせてなんだが、の裸体を見ると切り傷やら痣が痛々しく彼女の身体に刻み込まれている。


、お前は女なんだ。・・・俺が言うのもなんだが、あまり傷は作らない方がいい」


意識の無い彼女にそう言い残した後、飛影は治癒室を後にした。







ゆらゆらと揺れる心地。
あぁ、またかと思い、私は目覚める。
自分の体を見ると、さっきまであんなに酷かった傷が治っている。やはり、このカプセルの効果は凄いな。

また、やってしまった。

飛影だって手加減するにも限度がある。
アイツは日に日に強くなっていく。私との力の差はどんどん広がっていく。
わかっている、わかっているんだ。アイツには敵わないって事。
そりゃぁ、いつも吹っかけてくるのは向こうだけど、早々に降参すればいいだけの事だ。
けど、今回は八つ当たりで飛影に吹っかけてしまった。
こんなの、私じゃないみたいだ。
暗く黒い、陰湿な私。
こんなんじゃ、凍矢に嫌われるね。






ピーッ


ゴボゴボと、カプセル内の水が流れていく。
治療時間が終わったらそうなる仕組みになっているのだ。
傍にはいつの間にか躯がいて、タオルを私に差し出す。


「今日も派手にやったみたいだな」
「・・・うん」


飛影が脱がしてくれたんだろうと思える血まみれになった服はゴミ箱に捨て、真新しい服を着る。
血だけはいくら洗っても落ちないから。
カプセルの中に入れられた時、薄れている意識の中、飛影の声は確かに届いてた。


「飛影って優しいよね、躯」
「そうだな」


戦い方も優しくしてくれるといいのに、と密かにそう思った。











傷が治ったばかりというのにも関わらず、癌陀羅に来た。だって、もう日課だもん。
今日も凍矢と他愛無い会話して、別れる。
そんな日常が良かったはずなのに、最近では凄くもどかしい。
今日は飲もうかな。


「酎、お酒ちょーだい」
「お、、付き合ってくれるのか?うれしーねー」
「違うよ、凍矢と飲むの」
「なーんでぃ。じゃ、コレやるよ」


酎からお酒を大量に貰った。
ほんの少し酔っている酎からは酒ならなんでもくれる。完全に酔っていたら一滴たりともくれないけど。
両手に酒瓶を抱えて、凍矢の部屋に向かう。


「凍矢、飲もう」
「・・・たまにはいいか」


凍矢も同意してくれ、飲み会開始。






「でさー・・・、飛影は手加減してくれるんだけどね、私、弱くて凄い痛いの」


さっきまでの事をお酒の力を借りて凍矢に愚痴る。
凍矢は何も言わず、飲みながら私の話を聞いてくれる。


「でねー、戦いが終わると私をさっさと治癒室に運んで、脱がして治療カプセルに入れるのね。自分が怪我させなかったら入れる必要ないのに」
「・・・脱がして?」
「うん、治療カプセルって裸じゃないと意味が無いからね。飛影も手慣れたもんでね、いつも戦い終わったら入れてくれるの」
「いつも・・・、手慣れ・・・」
「凍矢?」


なんか凍矢の様子がおかしい。
凍矢、あまりお酒強くないから酔ってるのかな?と思った。


「と、・・・わっ」


急に凍矢が近づいた。
肩を掴まれ、凍矢の綺麗な顔が目の前に(本当、綺麗)


「凍矢・・・?」
「なんとも思わないのか」
「え?・・・、ひっ」


急に首元に凍矢の手が触れた。
凍矢の手はいつも冷たくて、その感触に思わず身震いする。
すると、視界から凍矢が消え、代わりに首筋にぬめりと、生ぬるい感触が。
なに・・・、まさか、


「っ、とう、やぁッ」


首に触れている唇はとても冷たいのに、舐めている舌がとても熱い。
凍矢の舌が動く度に体が震える。
どうしたんだろう、凍矢。
今まで、こんな風に悪酔いした事、なかったのに。


「ね、凍矢、どうしたの?」
「・・・さぁな」
「あっ、やだ」


首筋を這っていた舌が耳へ上がってきた。
首筋よりずっとぞくぞくした感じ。くすぐったいような、そんな感じも。
なんか、気持ち悪い。


「やめて、凍矢っ。も、いやぁ・・・っ」


色々な気持ちが混ざってしまい、泣いてしまった。
それに気付いたのか、離してくれた。


「・・・悪かった。少し、頭冷やしてくる」
「凍矢・・・?」


凍矢はコッチを見ずに部屋を出て行ってしまった。


「・・・凍矢のバカヤロー」


涙を拭きながらそう呟く。
凍矢、なんでこんな事したの?
私、何か気に障るような事言った?
あんな凍矢、凍矢じゃないみたいで怖かった。
いつもより冷たい目で見られて、悲しかった。
何があったの、凍矢。











私が落ち着いた頃、凍矢が戻って来た。
凍矢も落ち着いてる様子。


。・・・さっきはすまなかった」
「いや、過ぎてしまった事だし、もういいよ」


どうやら、お互い酔いもさめてきたようだ。
ポンポン、と凍矢は頭を叩く。
おかしいな、いつもなら照れるとこなのに、今回に限ってもどかしい気持ちになるのは。
相当焦っているのかな、私。


「凍矢、あの・・・」
「ん?」
「あの、あのね、私、と、凍矢の事が」


嗚呼、自分の気持ちを相手に伝えるのってこんなに難しかったとは。
ゴメンね、陣。いつも適当にあしらっちゃって。陣もこんな気持ちだったのかな。




「私、凍矢の事が、えと、・・・す、好きなの」




顔が熱すぎる。
言ってしまってからは、更に熱を持ってしまった。
自分でもわかる。きっと、耳まで赤いはず。
こんな醜態、見られたくないけど、でも、抑えられない。
凍矢はなんて答えてくれるかな。
俺もって言ってくれたらいいな。でも、違ってたら凍矢なりに優しい断り方するんだろうな。
どっちかな、どっちかな?




、俺もだ」




嗚呼、泣きそうだ。
確かに聞いた。俺も、って確かに。
聞き間違いじゃない。だって、その証拠に凍矢の顔も赤くて、微笑んでる。
嬉しくて、涙出そう。
今までのもどかしかった気持ちが嘘のように流れていく。
一歩超えて楽になったっていう感じ。
凍矢に抱きつく。凍矢もそれを受け入れてくれる。

あぁ、なんてしあわ、せ・・・。


「ひぃっ」
?」
「あ、あ、あ・・・!」
「なんだ?後ろに何が」


凍矢から離れ、襖を指差す私に従って振り向いた凍矢も固まってしまった。
襖は少しだけ開いている。そして、その間から覗いていたのは、


「凍矢。躯のところの女といちゃつくのはそろそろやめにしたらどうだ。聞こえてしまう私の身にもなれ」
「さっき、様子おかしいと思ったらこの事だったのか」


黄泉と若だった(何、その組み合わせ!)
迂闊だった。黄泉はこの国の住民の会話等は全部聞こえてしまうという事を。
ていうか、いちゃつくって!別に、いちゃついてなんかいない・・・と思うっ!


「しかし、酒の勢いに任せて襲うのはよくないな」
「何、そんな事したのか」
「・・・もういいから戻ってくれ」
もだろ。そろそろ迎えが来る」
「え、あ、そうだね」
「・・・送る」


凍矢に手を取られて、二人を通り越す。
聞かれた、見られたかと思うとまた顔が熱くなってきた。
死々若はどっから見てたか知らないけど、黄泉は一部始終聞こえてたに違いない。
なんか、もう恥ずかしくて癌陀羅に行けなさそう。







国から出、いつも百足が止まるところまで来たが、まだ来ていなかった。
しかし、数分後には凄いスピードでやってきた。


「あ、来ちゃった。じゃ、私行くね」



手を離そうとしたら、腕を掴まれた。


「今度は俺が行く。その時はどうなるか、覚悟しておけ」
「へ、覚悟って何」
「さぁな」


そう言って凍矢は意味深な笑みを浮かべた。
何故か、嫌な予感がするのは気のせいだと思いたい。
そんなやりとりをしているうちに、百足から飛影が出てきた。


「あ、飛影ー。迎えありがと」
「たまには自分で戻って来い」
「えー。だって、百足って走り回ってるから見つけにくいもん」
「知るか。・・・オイ」
「何?」
「凍矢の奴、何かあったのか?」


凍矢の方を向くと、何やら青い炎が見える。
あれ、凍矢って氷系妖怪だったよね?何故炎が。
ていうか、殺気が禍々しい。え、飛影が何かしたとでも?


「飛影。凍矢、めっちゃ怒ってるんだけど、何したの、アンタ」
「知らん」
「凍矢ー。何怒ってんのー?」
「・・・フン」


あらら、そっぽ向いて行っちゃった。


「・・・今度、聞き出そうか?」
「いや、いい。なんとなくわかった」
「?」


深く気にしないでいとこっと。







結びついちゃいました。
(2009.6.14)