あの日以来、どことなく気まずい雰囲気の二人はあまり顔を合わす事がなかった。
すれ違い様に会う事があっても、お互い視線を逸らし、会話すらない。
そんなある日、がぼけっと休憩室で一人座ってるところにとある人物が入って来た。
「あれ、。魔界に来てたの」
「・・・蔵馬さんか」
なんだか少しがっかりした様子のに疑問符を浮かべながらも、彼女の真向かいに座る蔵馬。
蔵馬はしょっちゅう魔界にいる訳ではなく、が魔界にやってきたのを知ったのもまさに今、出会ってから。
けど、久々に見る彼女の表情は何処か浮かない。
彼と喧嘩でもしたのかな、と思い、遠まわしに聞いてみる事にした。
「良く来れたね、。一人で来たんだろう?」
「うん。蔵馬さんに会えたの、久しぶりだね」
「そうだね。あ、薬は大丈夫だった?あまり気乗りしなかったんだけど、凍矢がどうしてもって言うから」
凍矢。その名前を出した途端、反応した彼女の体。
わかりやすいなぁ、と心の中でほくそ笑む。
「・・・うん、大丈夫だったよ。寧ろ、ぐっすり眠れて良かったかな」
「俺はも一緒に連れてくる予定だったんだよ?でも、凍矢がには人間界の生活が合ってるって言うから」
ぴく、とまた反応する。
蔵馬は執拗に凍矢の名前を少し強調しながら話し続ける。
次第に顔を赤くなりながら涙目になったを見計らって核心を突く。
「凍矢と喧嘩した?」
「け、喧嘩じゃないと思うんだけど・・・」
「ふーん。じゃぁ、何があったの?」
「そ、それは・・・」
もごもごとしながら言えない、と言ったきり黙りこくってしまった。
確かに喧嘩じゃなさそうだ、と蔵馬は別の原因を考え始めた。
けど、の反応を見てしまえば薄々わかってしまう訳で。
にやついてしまう顔をどうにか抑えながら、さてどうやって聞き出そうかと、そちらを考え始めた。
「って強くなったよね。初めて会った時よりも大分」
「う、うん(いきなりどうしたんだろう)」
「技も使いこなせるようになったんだってね」
「うん」
「それは凄い戦力になるなぁ。黄泉も歓迎するよ、きっと」
「うん」
「けど、一番強くなったの凍矢だな。彼は努力家だね」
「・・・うん」
「まぁ、元々強い能力の持ち主だし、天性の才能も合わさってると思うけど」
「うん・・・」
「・・・凍矢と喧嘩した訳じゃないんだよね」
「うん・・・」
「じゃぁ、何があったのかな?」
「うん・・・」
「・・・もしかして、告白したとか」
「うん・・・」
「それで凍矢に抱き締められたり、キスされそうになったりとか」
「うん・・・。・・・って、え、ええっ!?」
「当たり?」
内に秘めてる心情を彼らしくもなく隠し切れないのか、にやついた顔でを見つめる。
誘導質問作戦成功、という心の声は心の中で留めておく。
はそれどころじゃないのか、事実を肯定してしまった事に驚いて、耳まで顔が真っ赤になり、口をパクパクしている。
「へー、あの凍矢がねぇ・・・。それで、どうなったの?」
「っ〜・・・、じ、陣がやってきて・・・」
「あー、未遂に終わった訳ね」
「み、みみ未遂って・・・」
蔵馬が言葉を紡ぐ度に過剰な反応を示す。
確かにこんなのが目の前にいたらな・・・、と凍矢に同情した。
「(ま、俺はロリコンじゃないけど)」
「・・・蔵馬さん。私、その事があってから凍矢の顔、まともに見れなくて」
「あらら」
「あ、あららじゃないよっ!困ってるのにっ」
「ゴメンゴメン。でも、大丈夫だよ」
「どうして?」
「そのうち慣れてくると思うよ。時間が解決してくれるはずさ」
「えー・・・」
「それとも、は凍矢と何かしたかった訳?」
にこりと意地悪に微笑んでに問う蔵馬。
ちょっと引いてた顔の熱が再び戻って来、遂には耐えれなくなって部屋を出て行く。
出てすぐ壁に寄りかかって腕を組んでる人物を発見するや否や、思わず飛び跳ねてしまった。
「とっ、凍矢っ。いつからそこに・・・」
「・・・たった今だが」
ほ、話の内容は聞かれてないみたい、と胸を撫で下ろしていたの腕を不意に掴み、そのまま連れ去る形で歩き出した。
予想外の出来事に混乱しているの後ろで、蔵馬が笑顔で手を振っていたという事は誰も知らないでいた。
「あぁいうタイプはね、強情でかなり強引なんだよ、」
+
一方、部屋に連行されたはというと、蛇に睨まれた蛙状態となっていた。
不安と困惑で頭がどうにかなりそうだが、必死に堪える。
凍矢は後ろ手でに気付かれないよう鍵をかけ、少しした後、ふぅ、と一息吐き、おもむろに口を開く。
「蔵馬と何話してたんだ?」
「え・・・、べ、別に大した事じゃない、よ」
そう言いながらも少しずつ顔を赤くするを気に入らない様子で見る。
それ以降何も言ってこないのに痺れを切らしたのか、一歩近づく。
近づいてきた事にビクッと体を震わせ、間合いを詰められないよう、も一歩退く。
一歩ずつゆっくりと近づくが、それに合わせるかのようにも一歩ずつ後ろに下がる。
けど、それはこの大して広くもない部屋ではそう長く続かず、すぐに壁に背が当たってしまった。
それでも負けじと壁伝いに逃げようと試みるが、遂には箪笥とぶつかってしまい、その箪笥とは反対側の顔の横に手を置かれ、完全に逃げ場を失った。
怖い訳ではないが、一刻も早くこの場から逃げ出したいと強く思う。
壁と凍矢に挟まれてるこの状態がにとって、羞恥以外の何物でもない。
「?」
「!」
呼ばれた声がショート寸前の頭に響き渡る。
離れたくても離れられない。押し返したくても押し返せない。・・・いや、それ以前に体が動こうとしない。
自分を食いつくように見る氷の瞳から目が逸らせない。その瞳に映っている自分の顔はよくわからない。
でも、その視線には怒気みたいなのが含まれているっていうのはわかった。
怒気・・・というよりも苛立ちみたいな。
「もう一度聞くが、蔵馬と何話してたんだ?」
「だから、別に大した事ないってば・・・。ちょっとでもいいから離れてよ」
「・・・言ったら離してやる」
「えー・・・」
相手の弱みを握ったかのように薄っすらと笑みを浮かべる凍矢。
その隙に逸らせないでいた視線を下に落とし、言いにくそうに口を開けたり閉じたりを繰り返した。
「えと・・・、ざっくりとまとめたら・・・の事」
肝心な部分を聞き取れなかった凍矢は無意識に耳を傾ける。
もう一度言わなければいけないという状況にはやけっぱちに言い放つ。
「だからっ、と・・・ぅやの事話してたの!」
見当違いな答えが返って来、目を丸くする。
かぁっと熱くなった顔の熱を冷やそうと手をあてるが、冷えるどころか、そのまま手に移っただけであった。
「悪い!?」と吼えるを見、思わず笑いが込みあがってきてしまった。
「わ、笑う事ないじゃんっ」
「すまない。けどな・・・、クク・・・ッ」
適当に頭をポンポンと叩き宥めようとするが、漏れてしまう笑い声で台無しであった。
寧ろ、更にの怒りを買ってしまう。
「(でも、凍矢がこんな笑うとこ、初めて見た)」
滅多に見られない彼の表情に、まだ赤みが残ってる顔ではにかむ。
途端に凍矢の心臓が一回、大きく跳ねる。
そして、まるで誘われるかのように、の頬に唇を落とした。
それはもう何の前触れも無く突然であったが、あまりにも自然過ぎて、は一瞬、何が起こったのかわからなかった。
けど、正常な頭ではそれを解すにそんなに時間はかからなかった。
「な、なななになに、なにしっ・・・!」
案の定、口付けされたとこを押さえて、また赤みを増した顔で何を言ってるかもわからない。
思い通りのの反応に凍矢は悪戯心をくすぐられ、意地の悪い笑みを浮かべながら追い討ちをかける。
「お前だって前にしただろう?俺に」
と言いながら、自分の左頬を指差す。
そこは以前、幻海の寺でが寝てる凍矢に口付けしたところ。
思いもよらぬ言動に口をパクパクしながらも必死に言葉を紡ぐ。
「え、え!?きづ、気付いて・・・!」
「髪に触れられた時に起きたんだが、その時は起き上がる気力がなかったんでな」
「うそ・・・っ」
しどろもどろに弁明しようとするが、言葉が上手く発せれず、又、凍矢も聞き入れようとはしなかった。
ただ、面白おかしくの様子を眺めていた。
少し経つと何を言ったらいいのかわからなくなったのか、唸り声をあげた。
「うぅ・・・。凍矢ってこんな意地悪かったっけ?」
「・・・ふ、そうさせたのはお前だ、」
「何もしてないよ、私」
少しむくれてそっぽ向く。
そんな仕草も可愛くて愛しいと思ってしまうのは重症だな、と自嘲しながらの頭を撫でる。
そっぽ向いてたの顔が再び凍矢の方へ向く。
「あれ・・・、凍矢、背伸びた?」
「・・・あぁ、そういえば小さいな」
「(ムッ)なんか悔しい。前まで同じぐらいだったのに」
他愛も無い会話もそう長く続かず、自然とそのまま口付けていく。
それはほんの数秒の事だったが、感触ははっきりと覚えていた。
はまた照れ臭そうにはにかんで、凍矢の首に腕を回し、抱き付く。
ぽつりと呟くように言ったの声だったが、耳元で言われたため、よく聞き取れた。
少し戸惑ったが、小さな体を抱き締める事で彼なりの返事をした。
幽助が黄泉に魔界統一トーナメントの提案をするのはもう少し先の話である。
凍矢、大好き
好きな子ほどいじめたくなる、を目指しました。玉砕したけど。
とりあえず、二人がくっつくまでという連載はこれで終了です。
あとは短編で結構書きます。
恋人ライフや、他の人との交流や色々・・・。
(2010.12.18)
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