五月下旬。
桜の花はとうに散り果て、青々しい葉が風に揺れている。
その桜の木の下のベンチでチューバット咥えながらぐったりとした様子で座っている人物がいた。
そこに近付く一人の少女。
「見つけましたよ、隊長」
「・・・あぁ、オメーか(ちゅー)」
「あぁ、じゃありません。仕事に復帰してください。あと、なんですかそのチューバット」
腕を組み、仁王立ちの状態で沖田を見下ろす。
。真選組一番隊隊員である。ついでに言うと、沖田付きの小姓みたいなとこもある。
「あちーのに御苦労なこったねィ」
「暑い暑い言ってるから余計に暑くなるんです。心頭滅却すれば火もまた涼しです」
「バカヤロー。人間なんざ煩悩の塊でィ」
「どんな屁理屈ですか」
一般隊員で沖田に小言を言うのは以外誰もいない。
言ったところで聞くような奴ではないと皆わかっているからである。
「もいるかィ?」
「いりません」
「真面目だねィ」
「貴方が不真面目なんです」
全く、と言っては溜め息を零した。
コレだけ話をしても沖田は全く動こうとはしない。
真面目だからか、意地でも張っているのか、も沖田が動くまでは動かなかった。
乾いた風が木々達を揺らし、その度にさわさわと静かな音色を立てた。
「・・・こんなに平和なのに」
「平和がずっと続く訳じゃありません。いいから戻ってきてください。仕切る人がいないから隊士達がウロウロしてますよ」
「んなもんはオメーに任せる」
「職務放棄しないでください。第一、私じゃ仕切れませんよ」
「もー、次の隊長はに任せた」
首を後ろに倒し、投げやりにそう言い放った。
すると、沖田には見えてはいないが、の顔が明らかに不機嫌なものに変わる。
「・・・なん、ですかそれ」
「?」
声色がいつもと違う事に気付き、の方に顔を向ける。
その表情は怒りと戸惑いが混じっているように見えた。
「?」
「まるで死亡フラグじゃないですか」
「ええ?」
「隊長はいつだってそうだ。人が心配しているのを余所にぷらぷらどっか行くし」
ざぁ、と激しくなった風が二人を包む。
一瞬、がそこにいない錯覚に襲われ、沖田はの存在を確かめるかのように腕を掴んだ。
突然の事に少し驚く。
「どうしたんですか?」
「いや・・・」
掴んだ手をすぐ離し、ベンチから腰を上げる。
「仕事する気になりました?」
「・・・まーな」
「じゃ、行きますよ隊長」
「・・・あぁ。勝手に死亡フラグ立てられるのなんざ、御免だ」
の横を通る際、沖田はの手首を掴んだ。
そして、そのままを引っ張っていく。
「わ、っと、隊長?」
「ついてこれねーなら置いていく」
「ついてって、隊長、足速い」
こけそうになりながらも、懸命に沖田の歩調と合わせる。
そんなにお構いなしにズンズンと前へ進む。
「どっか行かれちゃ、かなわねーからな」
「貴方がどっか行ってたくせに」
「よーし、蝋燭と鞭、どっちがいい?」
「ゴメンなさい。調子に乗ってました、マジで。生意気な口利いてホントゴメンナサイ」
他ならぬドSな沖田が言ってしまえば、冗談に聞こえない。
変な汗と涙を流しながら、は兎に角謝罪したのであった。
沖田は表面上はいつもの調子だが、内心は不安に駆られていた。
打たれ弱いため、一度不安になってしまったものはすぐには拭い去れない。
だから、今もの手首を掴んでいるのは、彼女の存在を確かめたい一心であるのだ。
一方、手を掴まれているは徐々に顔に熱を帯びていった。
だが、その熱はきっと暑いからに違いない、と思ったのだった。
暑い夏は始まったばかりである。
(2010.7.30)
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