「沖田さん、ノアの方舟って御存知?」



どのチャンネルを回しても同じニュースを見て一言。
こんな日にまで仕事とはねェ。テレビ関係の人って大変だ。
花野アナが顔真っ青に今にも泣きそうな顔で必死に中継で報道している。



「のあ・・・なんですかィ?」
「ノアの方舟。キリスト教の旧約聖書の中のお話なんですがね、」









紀元前3000年の頃らしいんですけどね、ヤハウェという神様が人間の悪が増え続けてるから、それを滅ぼそうとしたんですって。 で、その滅ぼし方が大洪水を起こしたとか。 当時ノアって人がいてね、『神に従う無垢な人』だったかな?まぁいいや。 兎に角ノアはいい人だったから神様はノアに大洪水が起こるから箱舟を作れ、と言ったそうです。 そして、ノアとその家族8人は一生懸命箱舟を作った。 ノアは人々に『大洪水が来る』と知らせたんですけど、誰も耳を貸さなかったそうです。 で、やっとの思いで3階建ての箱舟を完成させたノアは、家族や食料は勿論、動物達も乗せたんです。 そして洪水が40日40夜続いたんだそうです。勿論、地上にいた人類は皆滅びました。ノア達を除いて。 そんな大洪水が続いた後です、当然地上の水は何日経っても海の如くずっと地上を覆ってました。 箱舟は漂流しているうちにアララト山だっけかな・・・にぶつかって止まったそうです。 現在のアララト山の頂上らへんには何かがぶつかった跡があるらしいです、本当に。 まぁ、そんなこんなで暫く経って水がひき、神様はノア達を祝福したんですって。 そして契約した。『全生物を全滅させる洪水は二度と起こさない』と、そう契約なさったんだそうです。









「・・・コレがノアの方舟」
「おかしい話じゃねーですか。神さんは契約したってのに、」



『あと2時間で地球は滅亡します。世界の至るところで火山が噴火、大洪水、大地震と・・・!』



「何故ありえねー自然現象が起こってるんでィ。日本も富士山が噴火したとか言ってるし」
「ですね。なんで富士山が噴火するんでしょーか」



『なんで私はこのような危険な場所で最後の最後まで仕事しなきゃいけないんでしょう。例えギャラが貰えたって何、も・・・』



本当よね、同情しちゃう。
私達24時間活動の警察だって、今日は一箇所に集まって宴会してるってのに。
偉いなとはとても言えない。こうしてテレビに出てる人を見てかける言葉は滑稽。
いや、もう全ての光景が滑稽で仕方が無い。
最後だからってやりたい事をやっている人間、最後だから明るく終わろうとしている人間、絶望している人間。



「沖田さん。神様がまた怒っているんだと思いますか。昔の悪がどんなんかは知りませんが、今は環境破壊が代表的な悪でしょう」
「地球温暖化、オゾン層の破壊、ダイオキシン、森林伐採とか色々やりましたからね、人間」
「挙句には動物だって殺しちゃうんですよ、実験にだってしちゃんですよ」
「人間同士でも色んな事してますもんねィ」
「本当、良い事は難しいのに悪い事は簡単に出来ちゃうんだろう」



コレは私達人間がしてきた代償だろう。
その代償の為に関係のない動物達まで巻き込んで滅ぼしてしまう。
他の星に移ろうという案も出たが、人間は地球に住み慣れすぎた。とても他の星に移住して生活は出来ないんだとか。
天人達なんてとっとと逃げてしまったよ、祖国に帰ってしまったよ。



『私、なんでこんな事・・・。最後の最後なのにこんなこんなこんなこんな』
『花野アナ、花野アナ!』
『こんなこんなこんなこんなこんなこんな、事・・・。あああぁぁぁああぁあああ!!』
『花野アナァ!皆様、コレにて当番組は終了致します!』

ブツッ



「あ、遂に切れた」
「そりゃー誰だって気ィ狂うでしょィ」



ザーという音しかしなくなったので、他のチャンネルを回す。
音が欲しいのだ。無機質な音じゃなく、ちゃんとした音が。







アレから会話もなく、二人黙ってじっとテレビを見てたらもう地球滅亡まで1時間を切ってしまった。
流石にどのアナウンサーも気が狂い、全チャンネル回してもザーという音しか鳴らなくなってしまった。



「沖田さん、喋ってください」
さんこそ」
「音が無いと不安なんです。無機質な音が嫌なんです」
「じゃぁ消しゃいい」
「無音になったら余計に嫌なんです。世界が無くなってしまう」
「とんだ我が侭娘だ」



今日くらい許してください、最後なんだから(滑稽)
私は昔から無音が嫌いだった。音が無いだけで不安で不安で。
音楽が大好きだった、テレビが大好きだった。スイッチを入れれば勝手に音を流してくれるから。
そして、人の声を知ってから人の声が一番好きになった。

突然、パッとテレビが映りだした。
最後は仕事で終わりたいという事だ。何処にいたって同じなら仕事場に立つんだとか。
そのテレビの中の人が言う事にゃ、あと30分で地球が滅亡する。



「沖田さん。あと30分ですって」
「あーあ、俺まだ18なのに・・・」
「私だって17なのに」
「なぁ、さん」



そう呼んだ彼の顔は酷く真っ青で頼りない笑顔で、



「俺、泣いていいですかねェ・・・」



涙をポロポロ流れ落としていた。



「・・・もう泣いてます、沖田さん。怖いんですか?」
「怖いんでさァ。おっかしいなぁ、斬られるってのには全然怖くないのに怖いんでさァ。なんででしょう」
「なんででしょうね。でも、バカにはしませんよ。私だって怖くて、」
「泣いてるんですか?」
「ホント、なんででしょうねェ。私達は仕事上、死と隣り合わせにあったっていうのに」



お互い、両の目から涙が零れ落ちる。乾きも知らないでずっと。
私、さっきあんな事言ったけど本当はわかってるよ、泣いてる理由。
沖田さんのはわからないなァ。でも、私と同じ理由で泣いてるんだったら余計哀しいなァ。



「ね、沖田さん。・・・好きな人いましたか?」
「なんで今更色恋話なんでィ」
「だって、気になるんだもん。最後だからいいでしょ?もう話す事無いからいいでしょ?」
「・・・あぁ、そうか」
「なんです?」
「俺、それが怖かったんだ。愛する人ともう喋れない、隣にいれない」



あ、沖田さんも私と同じ理由。
愛する人いるんだね、いたんだね。
最後なのに余計哀しくなっちゃったじゃない。最後くらい夢見たかったなァ。



『あと10分・・・です』



「あと10分ですって」
「10分後、一体何が起こるんでしょうねェ」



そういえば、滅亡するっつってるけど最終的には何が起こるのかな。噴火や洪水や地震なんてそこら中で起こってるのに。
ねぇ、沖田さん。貴方ならわかりますか?
そしてわかりますか、この気持ち。



『あと5・・・分』



「あぁ、あぁ、どうしよう。着実にいなくなる。沖田さんも皆も全部全部」
「・・・さん。一つだけ、一つだけ俺の頼み聞いてくれやせんか」
「なんですか、最後の最後に。出来る事ならやります」
「俺の事、名前で呼んで下せェ。最後に名前呼ばれて逝きたい」



名前・・・。ずっと呼びたくて呼べなかった『総悟』。
最後だから淋しい?苗字で呼ばれるの。



「いいよ、総悟。もう最後だし、敬語やめるね」
「そうかィ。俺ァ元々敬語なんてどうでもよかったんだが」



『3分を切りました』



「カップ麺出来るね」
「そうだねィ」



あぁ、年越しカウントダウンではなく滅亡カウントダウンが始まった。
皆今何してるかなぁ。まだ宴会やってるのかなぁ。







アレ、沖田さんが私を名前で呼んでる。あ、沖田さんじゃなくて総悟か。ま、いいや。
でも、嬉しいもんだ。向こうはどう思って私の名前を呼んだかなんて知らないけど。



「なぁ、。も一つ聞いてもらいたい事が」
「何よ。一気に話してくれんかね」
「まぁまぁ、いいじゃねーかィ、最後くらい」



『最後』という言葉が頭の中でぐるぐる。
聞きたくないとは思っても最後なんだ。もうあと2分で世界も沖田さんもなくなる。



「俺、の事がずっとずっと前から、」



『残り1分・・・です』



「好き、・・・でした」











私の中で勝手にザーザーと音が流れる。


「・・・告白なんて遅すぎますよ。私もずっと前から好きだったのに」
「なんだ、相思相愛だったのかィ。遅いなァ、二人共」
「えぇ、全く」



何もかもが遅すぎた。
この地球滅亡だって着々と進んで行ってたのに気付くのが遅すぎた。この人の気持ちを気付くのも、私の気持ちに気付いてくれるのも。
遅すぎますよ、沖田さん。私だって遅かったですけど、遅すぎます。



「酷い、総悟。あと1分しかないのに」
「悪ィ」
「一緒にお買い物したり食事したりと色んなところ行きたかったのに、・・・生きたかったのに」
、」
「でも、私も遅すぎたよね。もっと早く言ってたら変わってたのかなぁ、なんて」



あぁ、気が狂ってしまいそうだ。
自分は何が起こっても冷静でいるように努めて来た。勿論、地球滅亡だって聞いた時も冷静でいてた。
なのに、この人の所為で私の冷静が崩れそうだ。
涙がポロポロとさっきより明らかに多く落ちる。



『33、32、31、・・・』



「カウントダウン始まっちゃったよ。どうしよう、あと30秒・・・」




ぎゅぅ、と沖田さんが私を抱き締める。
あぁ、ずっとずっと夢見てた体温。凄く凄くあったかくて、余計に泣き出すじゃんか。



「総悟、怖いよ怖いよォ・・・!」
・・・!」



『23、22、・・・』



「ヤダヤダヤダヤダヤダァ!いっちゃ嫌ァァァァ!!」
「いるから、此処に。ずっとの傍にいるから」
「総悟、・・・」



あぁ、滅亡する間際にキスするなんて滑稽。
けど、そんな滑稽も悪くない。だって、沖田さんだから。







『10、』



「総悟」



『9、』



「好き、大好き」



『8、』



「俺もが好き」



『7、』



「ねぇ、



『6、』



「名前呼んで」



『5、』



「・・・総悟」



『4、』



「もっと」



『3、』



「総悟、総悟総悟、」



『2、』




「総悟」



『1、』



「「また会いましょう」」



『0』









































なんだろ、此処は。真っ暗だ。
今まで色があったのに全然無い、黒の世界だ。
あぁ、コレが地球滅亡なんだ。こんな事が起こるんだ。
いや、コレは天国と地獄の分かれ道かな?
あ、沖田さんに何処に行くのか聞いてないや、あーぁ。
沖田さん何処?皆何処?私は此処にいるよ、ねェ。



ー」



柔らかい声、沖田さんだ。
何処を見たって一緒なのに、私は必死に首を振りながら沖田さんの姿を探す。
暫くそうやっていくうちに見つけた、私の愛しい人。
あんなところにいた。待ってて、今そっちに曲がるから。
すると、沖田さんの声が聞こえた。







そこを曲がったら

地獄ですよ。


(沖田さん、)













(2007.8.15)